問題
令和5年6月30日に中央環境審議会会長から環境大臣へ意見具申がなされた「今後の水・大気環境行政の在り方について」では、国内における個別の重点課題として、光化学オキシダントや新幹線鉄道騒音等の環境基準達成率の低さ、湖沼や閉鎖性水域の水質汚濁、土壌汚染といった残された課題に加え、再生可能エネルギー等の導入に伴う大気環境や騒音への影響等の新たな課題に向けた対応に尽力すべきとされている。こうした現在の技術課題に対して、環境測定の技術者として、以下の問いに答えよ。
解答に当たっては、「大気、水質、土壌、騒音」の中から1つの分野を選び、最初に明記すること。
(1)多面的な観点から、選択した分野で重要と考える技術課題を3つ抽出し、観点を明記したうえで、それぞれの技術課題の内容を示せ。なお、上記の問題文に例示した技術課題を含めてもよい。
(2)前問(1)で抽出した技術課題のうち最も重要と考える技術課題を1つ挙げ、その技術課題に対する複数の解決策を、専門技術用語を交えて示せ。
(3)前問(2)で示したすべての解決策を実行しても新たに生じうるリスクとそれへの対策について、専門技術を踏まえた考えを示せ。
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解答
選択分野:騒音
1.騒音に係る現状の課題について
1.1騒音モニタリング方法の改善(効率化の観点)
騒音の測定は、測定員が現地に赴き、準備、測定、片づけを行う方法が一般的である。その後、帰社してからのデータ解析や報告書作成を行うため、顧客への結果報告に時間を要する。そのため、デジタル技術等を活用した効率化、省人化を図る必要がある。したがって、騒音モニタリング方法の改善が課題である。
1.2効果的なモニタリング地点の選定(費用の観点)
適切な騒音環境を把握するためには、騒音の種類ごとに測定を行う必要がある。具体的には、道路交通騒音、航空機騒音、風車騒音等が挙げられる。ただし、騒音の種類ごとに網羅した騒音測定を行うためには、測定機器や人材等の多くの費用が発生する。そのため、優先度を考慮した効果的な騒音環境の把握が重要となる。したがって、効果的なモニタリング地点の選定が課題である。
1.3予測技術及び影響評価技量の習熟(人材の観点)
ある地域に工場等の施設を新たに設置する場合、周辺への騒音影響を把握する必要がある。これには、騒音の測定技術だけでなく、予測技術や影響評価等の知識が必要となる。ただし、これらの技量を習得するには、多くの知識・経験が必要であり、人材育成に多くの時間を要する。したがって、予測技術及び影響評価技量の習熟が課題である。
2.最重要課題及びその解決策
最重要課題は、騒音のモニタリング方法の改善とした。理由は、測定の効率化・省人化だけでなく、騒音対策等の次段階の施策への迅速化に繋がると考えたからである。以下にその解決策を記す。
2.1現行のアナログ測定の見直し
騒音測定の生産性向上のために、現行のアナログ測定の見直しを行う。具体的には、測定、データ解析、報告書作成等の各工程に掛かる時間・人工を試算する。これをもとに、改善が必要な工程の優先度を調査し、導入すべきデジタル技術の選定を行う。
2.2デジタル技術の導入及びデモ運用
選定したデジタル技術を導入し、デモ運用を開始する。具体的には、IoTセンサー付きの騒音計、データのクラウド転送技術、AIによる大量データ解析等の技術を導入し、時短化・省人化への効果を確認する。これにより、本格導入への足掛かりとする。
2.3運用体制の構築及び評価
デジタル技術を活用した測定を円滑に進めるために、運用体制の構築を進める。マニュアルの整備や教育訓練を通じてスムーズな導入を図る。導入後には、導入前後の時間・人工等の改善効果を具体的な数値で評価を行う。一定の効果が見られた場合には、他の工程への水平展開を図る。また、アナログ測定とデジタル技術を活用した測定との比較を行い、数値の妥当性を確認する。これらを通じて、モニタリング方法の改善を図る。
3.新たに生じうるリスクとそれへの対策
3.1サイバーセキュリティリスク
測定データのクラウド転送時やAIによるデータ解析時に、第三者による不正アクセス、データ改ざん、ウイルス感染等のサイバー攻撃のリスクが生じうる。これへの対策は、セキュリティインシデントマニュアルの作成・活用を行う。マニュアルには、データの暗号化、アクセス権限、二要素認証等について網羅的に明記する。これをもとに、従業員教育を実施し、従業員のサイバーセキュリティに関するリテラシーを高める。
3.2アナログ測定への対応困難
IoTセンサーの故障やクラウド転送の不具合等が生じうる。その場合、データ補完のためにアナログ測定の必要性が生じうる。ただし、アナログ測定に熟知した人材の不足により、測定への対応が困難になる可能性が発生しうる。これへの対策は、測定マニュアルを整備するのはもちろんのこと、熟練者によるアナログ測定の操作方法や解析手法について、動画マニュアルを作成・活用する。これをもとに、教育訓練を実施し、緊急時への対応に備える。
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講評
問題文の解説
本問題は、中央環境審議会が示した
1. 未解決課題(光化学オキシダント、新幹線鉄道騒音、湖沼や閉鎖性水域の水質汚濁、土壌汚染など)
2. 新たな課題(再生可能エネルギー導入による大気・騒音への影響)
この2つの課題群について、環境測定技術者としてどのように取り組むかを問うものです。選択分野における技術課題の抽出、最重要課題の選定と複数の解決策の提示、さらに実行後に想定されるリスクとその対策まで、体系的に論じる力が求められます。これらの課題はいずれも発生機序が複雑で、一般には知られていないため、専門家でなければ適切な分析や対応が困難であり、技術士としての高度な専門性と実務能力を直接測る題材となっています。
(1)課題① 騒音モニタリング方法の改善(効率化の観点)
1. 講評概要
現場作業の効率化や省人化という視点は、実務上重要であり評価できます。しかし、本問題は行政が指摘する未解決課題や新たに顕在化した課題への対応を問うものですので、単なる業務効率改善では出題趣旨から外れます。特に、DX化は従来から進められている一般課題であり、「未解決」や「新課題」という位置づけにはなりにくい点が惜しいところです。
2. 評価できる点
- 測定〜報告までの工程を分解し、改善対象を明確にする意識が見えること。
- デジタル技術活用による省人化を提案している点。
3. 修正点
- 主題に合わせ、未解決課題や新課題に直結する内容に置き換える必要があります。例としては、新幹線鉄道騒音や再エネ設備由来の特殊騒音のモニタリング方法改善など、機序が複雑な騒音を対象とすることです。
- 課題文は「○○の観点から、○○技術を活用して○○する」と提案型に修正すること。
4. 参考回答
「風力発電施設由来の低周波音の観点から、常時遠隔監視技術を活用して長期変動特性を把握するモニタリング方法を確立する。」
(1)課題② 効果的なモニタリング地点の選定(費用の観点)
1. 講評概要
騒音源ごとの網羅的測定は重要ですが、費用面だけの切り口では専門性が弱く見えます。出題意図は、測定の重点化や地点選定を科学的・技術的根拠に基づき最適化できるかという部分にあります。ここに気象条件、地形、音源特性などの要素を絡めると技術士らしい課題になります。
2. 評価できる点
- 測定対象や種類ごとに分けて考える姿勢。
- 優先度付けの必要性を認識していること。
3. 修正点
- 「費用」だけでなく、「評価の信頼性確保」と「効率化」を両立させる視点を入れること。
- 新幹線騒音や再エネ騒音の測定地点選定における地理的条件・住民分布・音源特性の反映を示す。
4. 参考回答
「新幹線鉄道騒音の観点から、沿線地形・防音壁配置・住宅密集度を考慮した測定地点を最適化し、限られた測定資源で最大の評価精度を得る。」
(1)課題③ 予測技術及び影響評価技量の習熟(人材の観点)
1. 講評概要
予測・評価技術の習得は確かに人材面での重要課題です。ただし、現状の書き方だと「時間がかかるから大変」という一般論に留まっています。本問題では、予測や評価の対象を未解決課題や新課題の具体例に紐付けて、人材育成の方向を示すことが求められます。
2. 評価できる点
- 測定から予測・評価までを包括的に意識している点。
- 技能向上の必要性を明言していること。
3. 修正点
- 課題対象を特定する(例:風力発電施設の低周波音予測、新幹線騒音の将来予測など)。
- 習熟のための具体的育成プロセスやツールの活用も触れると、より実務的。
4. 参考回答
「再エネ発電施設由来の騒音の観点から、数値流体力学解析と統計的音響モデルを活用した予測技術の習熟を進め、影響評価の精度向上を図る。」
今回の答案では最重要課題が「騒音モニタリング方法の改善」とされていましたが、出題趣旨に沿わせ正解の方向性を示すためるため、未解決課題や新課題に直結したモニタリング方法改善として講評します。
(2)最も重要な課題とその解決策
解決策1:現行測定手法の適正化と対象特化
1. 講評概要
現行手法の見直しは良いですが、単なるアナログ→デジタル移行では出題意図に沿いません。新幹線鉄道騒音や風車低周波音など、機序が複雑な音源に特化した測定設計にすることが必要です。
2. 評価できる点
3. 修正点
- 対象騒音の物理特性(例:変動パターン、周波数帯域)を踏まえて測定方法を適正化する。
4. 参考回答
「新幹線鉄道騒音の観点から、最大騒音レベル測定と等価騒音レベル測定を組み合わせ、運行条件別に評価できるモニタリング方法を確立する。」
解決策2:デジタル遠隔監視と長期連続観測
1. 講評概要
IoTやクラウド転送は有効ですが、ここでも一般的なDX化に留まらず、長期変動把握や季節変化・運行条件変化を捉える目的を示すと、専門性が高まります。
2. 評価できる点
3. 修正点
- 遠隔監視の目的を「特定課題の評価精度向上」に結び付ける。
4. 参考回答
「風力発電設備由来の低周波音の観点から、IoT騒音計とクラウド解析を活用し、風況・発電出力との相関を季節別に評価する長期連続観測体制を構築する。」
解決策3:運用評価と標準化
1. 講評概要
運用体制構築や教育は大切ですが、出題意図としては「新課題対応の標準化」まで踏み込むとよいです。
2. 評価できる点
3. 修正点
- 課題特化型のマニュアルや標準手順を作り、他自治体・他機関でも使える形にする視点を加える。
4. 参考回答
「新幹線鉄道騒音の観点から、測定〜解析〜報告までの標準手順書を策定し、自治体間で共有可能な測定・評価プロセスを確立する。」
(3)新たに生じうるリスクとその対策
リスク1:特定条件下でのデータ欠損
1. 講評概要
遠隔測定や自動記録では、通信障害やセンサー誤作動によるデータ欠損リスクがあります。特に新幹線や風車のような運行条件依存の騒音では、欠損が評価の信頼性を大きく損ねます。
2. 評価できる点
3. 修正点
- 欠損発生条件の予測と、バックアップ測定系の導入を提案する。
4. 参考回答
「通信不良時には自動ローカル保存に切り替える二重記録システムを導入し、定期的に現地での手動バックアップ測定を併用する。」
リスク2:解析結果の社会的受容性低下
1. 講評概要
新課題騒音は評価指標や基準が確立途上のため、住民や事業者との認識ギャップが発生しやすいです。このため、データそのものの信頼性だけでなく「説明可能性」も重要です。
2. 評価できる点
3. 修正点
- 専門用語をかみ砕き、一般向け資料やビジュアル化を併用するなどの対策を明示する。
4. 参考回答
「評価結果を周波数分析図や時系列グラフで示し、一般住民向け解説資料を併用することで、データの透明性と社会的受容性を高める。」
総合判定
今回の答案は、構成自体は(課題抽出 → 最重要課題選定 → 解決策提示 → リスクと対策)という形を備えており、論述の順序は整っています。しかし、出題趣旨が強く求める「未解決課題(例:新幹線鉄道騒音)」や「新たな課題(例:風車騒音など再エネ由来)」に直結する内容とはやや違うようです。
特に(1)課題抽出では、業務効率化やDX化といった従来型テーマが中心であり、行政上の優先課題や顕在化した新課題への具体的対応という視点が弱い点が大きな減点要因です。出題者は「現状の行政課題に直接アプローチできる専門性」を見たいと考えており、その点で的外れになっている部分があります。
一方で、(2)・(3)では改善の方向性や導入手順が具体的に書かれており、工程の分解やデジタル化技術の導入検討など、記述の具体性は評価できます。仮にテーマ選定が適切であれば、この具体性は大きな強みに変わります。
総じて、答案全体は構成力と記述力は合格水準に近いが、課題設定が出題意図に沿わないため点数を落とす結果となる危険性があります。
合否点数(目安)
- 構成力:20/25
- 記述の具体性:20/25
- 課題設定の適合度:10/25
- 出題趣旨の理解度:8/25
合計:58点/100点(不合格ライン)
今後の方針
今回の不合格要因は、文章力や工程の具体化ではなく、課題設定の方向性のずれです。出題趣旨との整合性が十分に示しきれなかったところがあるかもしれません。
今後の練習では、まず出題文中の「例示課題」に注目し、それらの物理的メカニズムや評価手法を知識として整理することが重要です。そのうえで、課題抽出段階から「新幹線騒音の評価精度向上」「風車低周波音の長期モニタリング」といった出題者が求める行政的・技術的テーマを軸に選定してください。
本講座で過去問演習を重ねることで、この「課題設定の正確さ」は確実に身に付きます。特に環境測定科目では、毎年こうした“行政課題直結型”の問題が出題されますので、今回の経験を活かし、次回は十分に合格圏内を狙えるはずです。
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