問題
小規模企業者は、社会経済において重要な役割を担う一方で、内部経営資源が贅沢ではないことから、今まではデジタル技術の利活用が容易ではなかった。一方、昨今のクラウドサービスの進展に伴い、利活用の障壁が低くなってきており、小規模であることが必ずしも不利ではない状況が生じている。小規模企業者がユーザとしてクラウドサービスを自社業務に利活用するため、情報工学分野で助言を行う技術者の立場で、業種・業務を具体的に想定した上で、小規模企業者が置かれている状況を踏まえて以下に問いに答えよ、
設問(1):技術者としての立場で多面的な観点から3つの課題を抽出しそれぞれの観点を明記した上でその課題の内容を示せ
設問(2):設問(1)で抽出した課題のうち最も重要と考える課題を1つ挙げ、その課題に対する複数の解決策を、情報工学の専門技術用語を交えて示せ
設問(3):設問(2)で示した全ての解決策を実行して生じる波及効果と専門技術を踏まえた懸念事項への対応策を示せ
設問(4):設問(1)~設問(3)の業務遂行に当たり、技術者としての倫理、社会の持続可能性の観点から必要となる要件・留意点を題意に則して述べよ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
解答
(1)制御機器管理におけるクラウドサービスの活用に向けた課題
業種:医療機器等の制御機器の製造業
業務:制御機器や部品の製造、情報基盤の組み込み、部品等の在庫管理、配送スケジュール管理等を行う工場の業務。
人・モノ・コスト等の資源の制約がある中で、2024年4月からの残業時間の規制等を踏まえ、Iotデバイス及びクラウドサービスを組み合わせて業務効率化を行う。Iotデバイスに制御機器等の状態監視やクラウド上での状態の可視化の自動化を行う。 上記の実現に対し、データ管理、ソフトウェア設計・実装、ハードウェア・通信環境、法制度等の観点から課題を検討する必要がある。 これら観点を踏まえ、主な課題を以下に述べる。
課題①:制御機器等の適切なデータ収集(データの相互運用性の観点)
Iotデバイスとクラウド間で、データ形式やプロトコルが異なれば、不正確なデータや欠損値などが生じる。
これにより適切なデータ収集ができず、データに基づく判断や意思決定の支障となりうる。
課題②:データ通信遅延への対策(リアルタイム性の観点)
ネットワークの遅延や通信機器の不具合等により、タイムリーなデータ伝送が困難となる。
これによりリアルタイムに制御機器等の状態を監視できずタイムリーな判断や意思決定の支障となりうる。
課題③:セキュリティの対策(機密性の観点)
NICTER観測レポート2023によれば、2023年に観測されたサイバー攻撃関連通信数は6197億パケット(2018年の3倍)となっており、更なる増加傾向にある。上記の状況において、セキュリティ対策が不十分であれば、サーバ攻撃を受ける可能性が高まる。
これにより機密情報の漏えい、データの破壊、システムダウン等が生じ、事業継続の支障となりうる。
(2)最も重要と考える課題と複数の解決策
本稿では、事業継続の支障となりうる「セキュリティの対策」を最も重要と考える課題とする。以下にこれの解決策を述べる。
解決策①:ソフト面の対策
アプリケーションの脆弱性、データの暗号化、通信の暗号化、ウイルス対策ソフトの導入などによりサイバー攻撃からの防御を行う。暗号化については、共通鍵暗号と公開鍵暗号を組み合わせたハイブリッド暗号化を行う。これにより鍵交換の機密性と暗号化処理の高速化を行う。
解決策②:ハード面の対策
RootOfTrustとしてセキュアエレメントの実装を行う。具体的にはIotデバイス側にはTEEやセキュアエレメントチップを実装する。クラウドサーバ側には、HSMやTPMなどを実装する。これによりデバイス認証、暗号鍵の保護、データの暗号化、セキュアブート、データ整合性の保護などを行う。
(3)波及効果、懸念事項、対応策
波及効果:前項のセキュリティ対策により機密性を高め、当面は、サイバー攻撃に対し安全な運用を図ることができる
懸念事項:昨今のサイバー攻撃は、巧妙化・高度化しているため、将来的には前項のセキュリティ対策が脆弱化しうる
対応策:脅威インテリジェンスを定期的に調査し、対策及びインシデント発生時の対応計画を策定する
(4)技術者倫理及び持続可能性に関する必要要件・留意点
①技術者倫理に関する必要要件・留意点
必要要件:個人や組織の権利・活動・創作物等を侵害することのないように、個人情報、知的財産、労働等の関連法規を遵守する。
留意点:人為的なセキュリティ事故を防止するために、関係者に対するリテラシーの教育を行う。
②持続可能性に関する必要要件・留意点
必要要件:環境保全対策としてエネルギー効率の高いハードウェア等を採用しエネルギー負荷を抑制する。
留意点:上記以外にも、社会・技術・環境の変化に持続的に対応できるように、人材の育成や法制度の拡充や修正を行う、また情報の透明化により信頼性・安全性を確保する
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
講評
本件は試験センター評価がAであり、指導的観点から丁寧に要点整理します。
1 講評概要(全体の問題文解説と要求の明確化)
本問題は「小規模企業者がユーザとしてクラウドサービスを業務に利活用する」状況を前提に、情報工学の専門家が助言者として示すべき内容を問うものです。個々の技術知識の羅列ではなく、小規模企業の制約(人員・費用・時間・スキル)を踏まえつつ、クラウドの標準機能・サブスク性・即効性・拡張性を梃子にして、①課題の抽出(観点を明記)→②最重要課題の解決策(専門用語を用いて複数)→③提案実行に伴う波及効果と提案起因のリスクと対策→④技術者倫理と**社会の持続可能性(社会側)**まで一貫させる構成が求められました。
特に評価の肝は、「小規模であることが必ずしも不利ではない」という出題者のメッセージを、費用対効果/短期導入/スモールデータ活用/ベンダロックイン回避などの設計方針に落とし込めたかどうかです。
本答案は、業種を製造(制御機器)に具体化し、課題(相互運用性・リアルタイム性・機密性)を明示、最重要課題をセキュリティとし、解決策をソフト/ハード両面で提示しています。構造はおおむね適合していますが、課題の「観点」設計や、**小規模特有の制約を活かす設計思想(標準機能の賢い選択、低コスト運用、即効性)**の押し出しがやや弱く、Q3・Q4はもう一歩具体化できる余地がありました。とはいえ、全体としては十分に合格水準にあります。
2 今回出題の趣旨(要点)
- 小規模企業の制約条件を前提に、最短経路で成果を出すクラウド利用設計を助言する。
- 観点を明記した課題抽出→最重要課題の複数解決策(専門用語)→提案起因リスクと対策→**倫理(技術士倫理綱領)と社会の持続可能性(SDGs)**まで一気通貫で論じる。
- 小規模の強み(意思決定の速さ、標準機能で十分、スモールデータで十分な分析、段階導入)を具体化する。
3 再現答案への講評(問別)
問1
1.講評
業種の具体化は適切で、課題①相互運用性、②リアルタイム性、③機密性の三本柱は妥当です。導入部で「観点」を多数列挙したため、「課題ごとに観点を明示する」という新傾向の狙いが少し曖昧になりました。見出しに観点名ではなく課題の要約を書く点も意識できると、採点者に意図がより伝わります。小規模特有の即効性・標準機能の活用・低運用負荷の観点がもう一段あると、出題の核によりフィットします。
2.評価できる点
- 業種・業務の具体化が明確で読みやすい。
- 三課題はいずれも現実的かつ試験テーマと整合。
- リスク(判断遅延、事業継続阻害)への言及がある。
3.要改善箇所(重点)
- 観点の設計:課題ごとに「〜の観点から、〜する」の定型で一本化。
- 小規模の強みの前面化:標準機能・テンプレート・段階導入・教育容易性などを課題側に織り込む。
- 見出しは課題の要約、本文で観点を明示。
4.参考解答(例)
- 課題①(相互運用性の観点から、MQTT/JSON等に統一しデータ交換基盤を整備する)
- 課題②(即応性の観点から、エッジ処理+メッセージキューで遅延と欠損を制御する)
- 課題③(費用対効果の高い機密性の観点から、IDaaS+MFA+RBACとクラウド標準バックアップで最小構成のゼロトラスト運用に移行する)
問2
1.講評
最重要課題をセキュリティに定め、ソフト対策/ハード対策を提示した構成は明快で、専門用語も適切です。合格答案として十分通用します。さらに小規模適合性(KMS等のマネージドサービス優先、運用を重くしない鍵管理、費用対効果)が併記されると、出題趣旨への適合度が上がります。
2.評価できる点
- 論点の焦点化(セキュリティ)。
- ハイブリッド暗号・TEE/HSM/TPMなど適切な専門用語。
- 事業継続との接続が明確。
3.要改善箇所(重点)
- 小規模向け運用の軽さ(マネージドWAF/IDS、KMS、鍵ローテ自動化、SaaSの標準MFA)を明示。
- 費用と導入順序(最小構成→段階拡張)を短くでも触れる。
- 品質保証のソフト面(SCA/SAST/DASTをCIに組み込む等)も一言あると盤石。
4.参考解答(例・要約)
- 解決策①:IDaaS+MFA+RBAC、KMSの鍵管理・自動ローテ、TLS1.3/Mutual TLS、ログ集中管理(SIEM)。
- 解決策②:マネージドWAF/IDS/IPS、SCA/SAST/DASTをCI/CDゲートに組み込み脆弱性対応を自動化。
- 解決策③:デバイス側TPM/PUFとセキュアブート、プロトコルはMQTT over TLS、最小構成→段階拡張でTCOを抑制。
問3
1.講評
波及効果・懸念・対応の三点セットは成立しています。懸念はもう一段、**提案起因(自分の解決策だからこそ生じる)**に寄せ、具体シナリオ(例:キー漏えい時の連鎖、APIトークン誤配布、S3の権限誤設定等)で書くと得点が伸びます。
2.評価できる点
- 総論としての効果と将来リスクの認識。
- 脅威インテリジェンスや計画策定への言及。
3.要改善箇所(重点)
- 自案起因リスクの具体化(例:マイクロサービス化に伴う設定ドリフト、ノーコード運用の権限肥大、KMS鍵の誤った共有)。
- コスト増・ロックインの対策を短文で併記(IaC、マルチクラウド、出口戦略)。
4.参考解答(例・要約)
- 波及効果:即応性・可観測性向上/段階拡張の容易さ/データ駆動の定着。
- 懸念①:構成複雑化→IaC+ポリシーasコード+Kubernetes/Autoscaling。
- 懸念②:ベンダーロックイン→オープン標準・REST/OCI・データエクスポート方針。
- 懸念③:API鍵・権限管理の破綻→ゼロトラスト・最小権限・Secrets管理・監査ログ常時監視。
問4
1.講評
倫理・持続可能性の方向性は正しく、基本を外していません。さらに、技術士倫理綱領の語彙(公益の確保・誠実・能力向上・公正)と、社会の持続可能性(SDGs9/12/13等)に自らの工夫を紐づけると加点要素が増えます。
2.評価できる点
- 法令遵守、教育、エネルギー効率への配慮。
- 継続的改善・透明性の重視。
3.要改善箇所(重点)
- 「自社の持続」ではなく社会側の持続へ矢印を向ける書き方。
- 倫理を運用設計の工夫に接続(例:説明責任を果たす監査証跡、AI利用の開示方針)。
4.参考解答(例・要約)
- 倫理:公益最優先としてインシデント時は速やかな開示と是正、教育はロール別マイクロラーニング、**外部評価(第三者監査)**を受ける。
- 社会の持続可能性:省エネ設定とオートスケールで排出削減(SDGs13)、機器PLMとリサイクル設計(SDGs12)、地域中小へのテンプレ共有・人材育成(SDGs9)。
4 今後の勉強(短期改善ポイント)
- 課題文の型を固定:「〈観点〉の観点から、〈何を・どうする〉」。見出しは課題の要約。
- 小規模特有の強み(標準機能・即効性・低運用負荷・段階導入)を各設問に一貫させる。
- 問2は費用・順序・運用の軽さを一言で添える。
- 問3は提案起因リスクを具体シナリオで。
- 問4は倫理綱領/SDGsを自らの実装工夫に接続して書く。
5 可能性(総括)
業種の具体化、論点の焦点化、専門用語の選択など、合格答案に必要な柱は十分に揃っています。小規模向けの設計思想をもう半歩強め、課題文とリスク記述を定型で磨けば、今後は安定して高得点域を狙えます。今回の到達は、実務に直結する堅実な力の証です。今後のご活躍が楽しみです。
合否判定(点数の目安)
- 問1:17/25
- 問2:20/25
- 問3:16/25
- 問4:17/25
合計:70/100(合格圏)
※今回は講座側の推定であり、実際の採点と異なる可能性は十分にあります。どうかご了承願います。
※実際には11/1にA評価を勝ち取られており、内容面の底力が評価に結びついたものと拝察します。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー