「日本の製造業におけるスマート製造技術導入の課題と未来展望」
現代の製造業は、脱炭素化の要求、消費者ニーズの多様化、人材不足などの課題に直面している。これらの問題を解決し、産業競争力を維持・向上させるために、IoTを基盤とするスマート製造技術の導入が不可欠である。しかし、実際の導入には多くの困難が伴う。膨大なデータを収集しても、それを効果的に分析・活用するための技術が不足している。また、機械加工分野では熟練工の暗黙知が存在し、自動化が難しい。これらの技能をデジタル化し、AIや機械学習に組み込むには、さらなる技術開発と時間が必要である。このような日本の製造業を取り巻く現状を踏まえたうえで、以下の問に答えよ。
(1)今後日本における産業競争力を維持・向上させるため、技術者の立場から考えた場合どのような課題が考えられるか、多面的な観点から3つ抽出し、それぞれの観点を明確にしたうえで、それぞれの課題内容を示せ。
(2) 前問(1)で抽出した課題のうち重要と考える課題を1つ挙げ、その課題に対する解決策を機械技術者として3つ示せ。
(3) 前問(2)で示したすべての解決策を実行した結果、得られる成果とその波及効果を分析し、更に新たに生じる懸念事項への機械技術者としての対応策について述べよ。
(4) 前問(1)~(3)の業務遂行に当たり、技術者としての倫理、社会の継続可能性の観点から必要となる要件・留意点について題意に即して述べよ。
解答
1. 産業競争力向上のデータ活用課題
1)技能情報のデジタル化
技能継承など社会的観点から、特定人材のノウハウに頼らない技能のデジタル化が必要となるが、熟練工の経験に基づく感覚的な良否判断、感性や五感に基づいた微妙なアナログ調整、作業プロセスデなど、複雑性を伴うデータ解析が課題となる。データ解析には技能者が有する精緻なアナログセンサ開発や大量のアナログデータ収集、判断アルゴリズム解析が挙げられる。
2)デジタルトランスフォーメーションの推進
汎用性や拡張性など経済性の観点から、個々のデータ収集・解析に留まらない広範囲な製造データ収集が必要となり、統合されたデータ活用基盤の構築が課題となる。技術的には個々の装置で異なるデータフォーマットの統合や通信プロトコルの統一、大容量データストレージの設置、エッジコンピュータなど高速データ領域の活用が挙げられる。
3)AIモデルの活用と実装
AI技術のライン実装など技術的観点から、技能者の有する暗黙知の形式知化、機械学習データによる実現性を伴ったAIアルゴリズム開発が課題となる。複雑な技能者の判断を解析し汎用的な知識に落とし込む汎知化モデル開発や機械学習の蓄積に基づく一致判断の精緻化、エッジ領域など高速処理領域でのライン実装など実用化検証が挙げられる。
2.重要と考える課題:AIモデルの活用と実装
1)実装対象工程・設備の選定
技能者の暗黙知は解析に複雑性を伴うため、実装に当たっては解析容易性や反復性、類似性と言った適用基準に基づき対象作業の選定を行う。解析の単純化は安定した判断モデルの生成、反複性は機械学習モデルのデータ蓄積と学習の深化、類似性は対象作業の集約と設備の水平展開が可能となり、AIモデルを用いた安定した運用や実装ラインの安定性が向上する。
2)作業の自動化と自動製造ラインの構築
AIモデルの実装を見据え単純作業の自動化やロボットへの代替、また複雑な製造ラインにおいては協働ロボットによる人機混合ラインを導入することで自動化度向上を図る。また、生産ラインデータ蓄積により、チョコ停の要因排除や作業標準化、製造プロファイルの見直しなど安定性の分析・改善を行い向上を図るとともにクロスファンクショナル人材を育成する。
3)AIモデルの開発・検証及び実装
対象作業のAIモデル生成のため、作業分析に基づく判断アルゴリズム構築とパラメータデータ収集を行う。パラメータデータは可能な限り精緻な作業データを収集する他、環境変動要因や物質特性データなど複雑な解析が必要となるため、深層学習により継続的にアルゴリズムの改善を図る。また、製造ラインへの実装検証により、実用性の高いAIモデルを開発する。
3.成果と波及効果及び懸念事項への対応
1)成果と波及効果
技能者の暗黙知を汎知化することで自律制御範囲が広がり、実装データの蓄積により設備適用範囲を拡大し、段階的に特定作業者に依存しない製造業が実現できる。また、データ連携や事例共有により産業界への適用範囲拡大や、クロスファンクショナル人材の育成により、関連産業の発展や設備投資拡大、技術継承により産業競争力の維持といった波及効果も期待できる。
2)懸念事項への対応
技能(暗黙知)の形式知化や生産データの蓄積は、従来囲い込みのできた生産技術ノウハウの流出につながる懸念がある。ローカルネットワークによる外部遮断や技術ノウハウの管理体制構築、人的流出防止、分散管理など情報流出を防止する施策を講じる。
4.技術者倫理要件と持続可能性の留意点
4.1技術者倫理の要件
AIモデル開発・実証検証を通じ、生産技術と合わせ持ったクロスファンクショナル人材を育成し、実装技術向上を図る。これは技術士倫理要綱の「継続研鑽と人材育成」に該当する。
4.2 社会持続可能性の要件
AIを活用した自動化率向上を図り、単純作業からの労働者の解放と産業競争力の向上を推進する。これはSDG’s目標8「働きがいも経済成長も」に該当する。
講評
良い点、評価できる点
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課題の多面的な視点
脱炭素化や消費者ニーズの多様化、人材不足といった現代の製造業が抱える複数の課題を挙げ、それに対してスマート製造技術を導入する際の技術的・経済的観点を含めて考察している点が評価できます。特に、デジタルトランスフォーメーションやAIモデルの実装に焦点を当てているのは、現代の技術革新に即しており、実務的な観点を反映した論述です。 -
具体的な解決策の提示
AIモデルの実装における工程選定や自動化の推進、データ蓄積の活用といった具体的な解決策が示されています。これにより、スマート製造技術の導入に際してどのような工程が必要かが明確であり、読者に対して実現可能性を感じさせる構成になっています。 -
波及効果の詳細な説明
暗黙知の汎知化による自律制御の範囲拡大や、データの連携による産業界への波及効果が明確に述べられています。技術的な成果がどのように他の産業や関連分野に影響を与えるかについて、具体的な視点が提供されている点は評価できます。
改善を要する点と改善案
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課題の優先順位の論理性の強化
3つの課題を挙げていますが、それぞれの重要性や優先順位を明確にすることが必要です。特に、どの課題が他よりも重要であるかをもう少し具体的に説明し、なぜそれが最も重要と考えられるのか、技術的および経済的な観点からの論理を強化することで、説得力が高まります。
改善案: 課題の優先順位を示し、他の課題と比較した際の理由を補足することで、議論の深さを増すことが期待されます。 -
懸念事項への対応策の具体化
「技能ノウハウの流出」を懸念事項として挙げていますが、その対策がやや表面的です。具体的なデータ管理方法や、技術の知識流出を防ぐための法的・技術的な対応策に触れることで、懸念事項に対する現実的な対策を示すことが求められます。
改善案: ノウハウ流出防止策として、セキュリティ技術の具体例(暗号化技術やアクセス制限など)や法的保護手段(知的財産権や契約)を取り入れると、より実践的な議論となります。 -
技術者倫理と持続可能性の深掘り
技術者倫理について「継続研鑽と人材育成」と述べている部分は妥当ですが、もう少し具体的な実践例を示すと良いでしょう。また、持続可能性の要件もSDGsに関連付けている点は良いですが、特にどのような行動が具体的に持続可能性に寄与するのか、さらに詳細に触れることが求められます。
改善案: 倫理と持続可能性の実践方法について、AI導入が労働市場や環境に与える具体的な影響を深掘りし、それに対応する技術者の行動を明示することで、倫理的責任をより鮮明に表現できます。
合否の可能性の判断
合格の可能性は高い
技術的な知見や具体的な解決策がしっかりと示されており、論理的な構成になっています。また、現代の製造業の課題に対してスマート製造技術の導入を提案している点は評価されます。ただし、改善すべき部分もあり、特に懸念事項への対応策の具体性や技術者倫理に関する深掘りが不足しているため、その点を改善すればさらに高い評価が期待できるでしょう。